小説 [パチプロ風雲録 -青春篇-]
作・椎名銀次

第32話 野良試合(二)
俺の足元に土下座をしている男がいる。薄暗いこの店の灯りでは表情までは見えないが、男は薄い頭部を下げ、屈辱を押さえ込むように強く両手の拳を握り締めたまま、床にひれ伏している。俺は神谷に負けた後、荒くれどもに袋叩きに遭った事を思い出していた。あの時は成す術もなく、蹴られ続けて小便を漏らすしかなかった。今、俺の足元で這いつくばっている中年の男は、俺にパチンコ勝負で負けた。俺が賭けたのは「敗者が土下座をする事」だったのだ。やがて男が卑屈な声を出した。 「おいっ、もういいだろう…?」 「ダメだ。まだそうしていろ」 男は一言うめいて肩を震わせた。狭い店内で客はそう多くはなかったが、次第にこの珍事に人が集まってきた。皆「茂田が土下座してるぞ」などと笑っている。そして俺も笑った。その時、店の扉が勢いよく開き、何者かがずかずかと近づいてきて、俺の肩をつかんで強引に振り向かせた。 「おい、ザコと遊んでる場合か!勝負のナシをつけてきてやったぞ」 乾だった。

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