作・椎名銀次
第47話 黄昏の灯台(一)
突堤に上ると小さな灯台とその足元に立っている桜子の姿が見えた。
彼女は灯台に軽くもたれかかり、少しうつむいて立っている。声をかけると顔を上げ、俺の方へためらいがちに歩み出て来た。黄昏時の光のせいか、桜子の顔は輝いて見える。「椎名君、お礼が言いたいんだけど…」礼ならさっき聞いたよ、と言おうとしたがやめた。今は少しでも長く桜子と一緒にいたかった。
返事をしないでいると、桜子は少しうつむきながら次の言葉を探し始めた。彼女の顔を見つめていると抑えられない何かがこみ上げてくる。俺は分かっているのだ。桜子のことが好きなんだと。抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な体、痩せた顔、大きな目、お下げ髪、俺のために泣いてくれたこと…。桜子!ああ桜子…!その時桜子の肩が震えているように見え、思わず声をかけた。
「桜子…。ああいや、小川さん…」それだけしか言えなかったが、その言葉で桜子は顔を上げた。その瞳は俺を見つめている。灯台の前で黄昏の光を浴びて俺と桜子はどちらともなく指を絡ませあい、そして抱き合った。桜子はなぜか泣きじゃくっている。俺は構わず彼女の唇に接吻した。
←前|戻る|次→
[0] 戻る