小説 [パチプロ風雲録 -青春篇-]
作・椎名銀次

第36話 再勝負の朝(一)
再勝負の朝。特に緊張するでもなく、いつも通り目が覚めた。顔を洗い、いつもと同じ服を着て、通い慣れた塚内町のプレハブパチンコ屋へ向かった。勝負の始まる正午まで時間があったので、少し顔を出そうと思ったのだ。その道すがら、八原町と塚内町の間に掛かる通称「おもいで橋」の上で、昨日の桜子の家(桜子から聞いた話によると、父親の姉が嫁いだ先の物置を間借りしているらしい)での出来事を思い出していた。 ―再勝負の話に桜子は困惑と不快感を隠さなかった。俺はその態度に不愉快になり、二人の会話は途切れ途切れになった。桜子の弟は蒲団の中で寝たふりをしながら聞き耳を立てていた。そこに桜子の父親が帰ってきた。父親は酩酊状態で、入ってくるなり逃げた桜子の母親のことを罵り、靴も脱がず、扉を開けたままその場に泣き崩れた。工場を取られて間もなく、母親は通帳を持って姿を消したらしい。真面目な自動車修理工だった父親は飲めない酒に溺れるようになり、荒んでしまった。今の桜子にとって、この物置での、父親・弟との三人での暮らしが、彼女の生活の全てなのだ。

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