小説 [パチプロ風雲録 -青春篇-]
作・椎名銀次

第42話 洗礼(四)
野次馬達から歓声が上がった。今田の当りが確変に昇格したのだ。奴は相変わらずだらけた姿勢で打っている。そして間を空けずに次の当りを引いた。今田に張っている野次馬達に余裕ができて、場から緊張感が解けていった。皆ガヤガヤとしゃべり始め、中には俺を声に出して馬鹿にする者も出てきた。俺は周囲の騒がしさと、指の痛みで明らかにイラついていた。その時突然野次馬達が静かになった。乾だ!と誰かが呟いた。俺はハンドルから手を離し、入口の方に目を向けた。乾が、「その程度か」と言わんばかりに口元に蔑んだ笑みを浮かべて俺を見ている。人を喰ったような乾の表情に俺は不快感を募らせた。そして、赤い服の女リリーの「神谷と百回戦っても勝てない」と言う言葉を思い出した。また負けるのか…と思い始め、いつの間にか身体は萎縮している。指も益々熱を持ち、痛くてちぎれそうだ。思わず眼を瞑った。混乱する頭で卒業してからの数週間に自分の身に起きたことを思い出した。そして大切なことを思い出した。俺は勝つためにここにいるのだ!深呼吸をしてゆっくり目を開き、痛む指で再び玉を弾き始めた。

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