作・椎名銀次
第34話 再勝負まで(二)
夕暮れの八原町。俺は、桜子が住む物置小屋の前に立っていた。
明日の再勝負のことを伝えるためだ。あの惨敗以来、彼女と会うのは初めてだ。しかも俺はあの時、泣き崩れる彼女に一言も声をかけないまま、その場から逃げ去っているのだ(桜子が泣いているのは、俺のせいで工場を失ったからなのに!)。戸にノックをしようとしたその時、桜子の憤っている―いや失望している顔が目に浮かび、伸ばした手を思わず引っ込めた。戸から目を逸らし、深呼吸をしてみた。遠く海に落ち始めた夕陽が目にしみた。覚悟を決め、弱々しいノックをした。戸が少し開いて、小学生らしい少年が顔をのぞかせた。
「どなたですか?」
身なりは貧しいが、利発そうな子供だ。俺をいぶかしげに観察している。
「ええっと、あの、桜子さんいる?」
「いま居ないけど…」
俺は桜子の不在を聞いてホッとしたが、すぐに自己嫌悪に陥った。
俺はまだ桜子から逃げようとしているのだ。
その時通りの方から、俺の名を呼ぶ声がした。
振り向くと、桜子が夕陽を浴びて立っていた。
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