作・椎名銀次
第41話 洗礼(三)
店内では野次馬達が賭けを始めている。俺はさっき路地裏で指を踏みつけて行った奴らを見つけて睨みつけたが、奴らは何食わぬ顔で今田に賭けていた。店内に乾の姿は見当たらない。俺は何度も桜子を探したが、彼女も来ていないようだった。勝負を前に気持ちが萎えかけている自分に気づき、傷む右手に目を落とした。そして激痛の走る指を震わせ、拳を握って気合を入れた。張りは今田に大きく偏っている。外ウマの胴元が立会人である店長に近寄り、何やら話し合ったあと納得するように頷いて「コマ揃いました!」と声を張り上げた。賭けが成立したのだ。店長が勝負の説明をしている間、俺は席につかずに目を瞑っていた。店長は一通り説明が終わると「椎名氏、準備はいいかな?」と声をかけてきた。俺は目を開き頷くと、今田の右隣の席に着いた。勝負が始まった。
右手の指はさらに熱を帯び、激痛が走り続ける。俺はハンドルを持つ右手に左手を添えて打ち始めた。痛みで顔中に吹き出す汗をシャツの裾で拭う。今田は背中を丸めた不恰好な座り方でタバコをくわえ、面倒臭そうに打っている。30分後、局面に偏りが生じた。
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