小説 [パチプロ風雲録 -青春篇-]
作・椎名銀次

第44話 追い上げ(二)
今田は相変わらずぼやいている。俺は奴のぼやきを聞いても、集中力を切らさなかった。確変を続けている俺にまた大きなリ-チがかかった。それが確変大当りとなっても俺は微動だにしなかった。指の痛みは全くない。ラウンド演出中に残り時間が気になり、店内の時計に眼を遣った。その刹那、店の外で立っている桜子と弟の姿が視界に入った。彼女は両手を胸の前で合わせている。 祈ってくれているのだろうか?この時俺の心の中はなぜかとても冷静で、そんな彼女の姿を見ても、ただの背景の一部としてしか捉えなかった。俺は何事もなかったかのように再び液晶画面を睨みつけ始めた。そして桜子のことなど見なかったかのように玉を打ち出し、台の真ん中を睨みつけることに没頭した。 それからさらに六回確変を継続させた。そして都合十八回目の当りに突入した時には、今田はぼやくこともしなくなった。ただ投げやりな姿勢で面倒臭そうにハンドルに手を置いたり離したりして、よそ見をし始めた。そのスネたようなしぐさから、俺は今田の戦意が"折れた"ことを覚った。その後も俺は集中力を切らさず、勝負に没頭した。

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